創立者 片桐格メッセージ
私は、このような場で、子どもの世界に関心を持ち、そして子どもの世界をより深く理解しようとする人々に出会えることに、深い感謝の念を持っています。
その方々はたぶん、時には子どもの世界を取り巻く専門家だったり、またその家族だったりするでしょう。多くの出会いを経験したいと強く思っております。 |
1964年(昭和39年)、私は、それまで強電のエンジニアだった自分から、キリスト教を基盤とした幼児施設ルーテル愛児幼稚園を作り、子どもとの出会いの道を選択しました。
そのため、世界の状況を把握するために、同じ年に、アメリカ合衆国を訪問しました。長い船旅のなかで拙い英会話の練習をかねて、様々な方とお話しておりました時に、カンサス州ウイチタで言語障害研究所を作られたM.F.パーマー博士を紹介いただき、訪ねました。
M.F.パーマー博士は、見知らぬ国の一幼稚園の園長である私に対して、たくさんの示唆と、彼の日本の友人や多くの弟子を紹介してくださいました。また、幼児の施設を始めることに深い関心を持っていただき、その重要性を教えてくださいました。
なかでも強く勧めて下さったことは、当時の米国でも、より新しい分野として脚光を浴びていた「言語病理学の臨床を、幼児の施設で実践して行く」とのことでした。
それは、あまりにも未知で新しいことでしたが、必ずや実行しようという思いを胸に、当時日本の現状から30年も進んでいるアメリカ合衆国を後にしたのでした。 |
帰国して3年後の1967年(昭和42年)、ルーテル愛児幼稚園の中に、M.F.パーマー博士に示唆された「ことば」の教室を作りました。
これが現在のグリーンローズの原形です。
当時、ルーテル愛児幼稚園の中に、秋田県で最初に「自閉症」と診断された子どもが入っていたこともあり、発達の多くの問題は、「ことば」の発達の問題に象徴されることに気がつき、そうした問題を幼児期に早期に発見し早期に対応することを目指したのでした。
さらにそれが、一般幼児施設=幼稚園の中で行われることに、大きな先進性があったと自負しているものです。まさしくこの中で、統合保育を基盤とした早期の対応・援助とともに、「障害」を持つ子も持たない子も共に育つという、今日の世界的な趨勢となっているノーマライゼーションの姿を育んできたと思っております。 |
1972年(昭和47年)、社会福祉法人グリーンローズの法人認可を受け、ルーテル愛児幼稚園「ことば」の教室は、第二種社会福祉事業グリーンローズ「ことば」の教室として、社会的にも認められ新たな活動を行うようになりました。
グリーンローズは、1975年(昭和50年)には、難聴幼児通園施設オリブ園(秋田県認可施設)を加え新しく出発しました。
「難聴」と銘打ってはおりますが、ひろく「ことば」全般への対応を目指したのは、幼児期の「ことば」の発達の問題で悩んでいる多くの子どもたちと、その家族の方々に、援助の手をさし伸べたいという当初からの願いがあったからです。
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そこでは、「ことば」の発達の問題について、話しことばの問題からその後どんどん増え続ける言語発達の問題まで、幅広く取り組んできました。
まだまだ多くの困難を抱えてはおりますが、「ことば」の援助のより豊かな方法を現在も模索しております。
一方、ノーマライゼーションは少しずつ世界的にも地域的にも浸透しつつありますが、まだまだ多くの課題を抱えております。こうした現在に対し、私たちが何らかの力になれたらと思わずにはいられません。 |
現在、私たちの場所には、同一敷地内に以下のものがあり、より豊かな子どもの発達や生活をめざしております。
ルーテル愛児幼稚園(一般保育)
グリーンローズ保育園(0〜3歳の一般保育)
グリーンローズ・オリブ園(難聴幼児通園施設)
グリーンローズ「ことば」の教室(「ことば」の発達への援助・相談) |
本メッセージは、創立者片桐格氏が、生前のある機会においてのメッセージです。